教師やめて転職の厳しさを知った その壱

教師をやめて早3ヶ月

ずっと転職活動をしている

なのにいまだ定職につかず....


転職活動の1番初めは在職中から。

いわゆる大手の転職サイトを複数社利用し


リク◯ビ転職

マイ◯ビ転職

エ◯転職


なかなかご縁がなかったので既婚女性の働き方に比較的理解のある会社の求人を多く出していそうな


ty◯e@女の転職

エ◯転職ウーマン


などにも登録

ty◯e@女の転職に関しては、主催の大型転職フェアにも参加した


それでもダメなのでこれは派遣も視野にしれねばと思い


スタッ◯サービス


に登録


登録したはいいものの

「教師経験しかない既婚女性とはいえ、まだ20代だからやはり正社員がいいな.... 。」という思いがでてきた

しかし、「いや、そもそも自分がなぜ正社員に拘るのかよくわからない。」と思い始め、大手人材派遣会社リク◯ートスタッフに勤める大学の後輩に相談した

彼女はエンジニア職派遣の営業を中心にやっているようで、企業の人事担当に求人を出してもらう営業から求職者をマッチングさせるところ、さらにその求職者が働き始めてからのフォローに至るまでを担当するらしい



「後輩ちゃん... 私は中小企業のような小さな組織で正社員採用されて、のんびりと事務職したい。教師のときに産休育休を取得された先輩のしわ寄せを味わった分、私もその制度の恩恵を受けたい。だからあわよくば専門性の高い経理職に就いて、子どもが生まれても末長く勤められる経験を積めればなぁと思ってる。」と正直に話した


すると


「先輩、派遣も悪くないですよー!先輩の年齢ならまだまだ派遣業界では引く手数多ですよ。

確かに正社員は育休や産休取得もしやすいですし、賞与もきちんと出るところが多いし、やはり会社から守られているという点ではそちらの方が優りますが、教師経験しかなくて一般企業で勤めたことがない先輩は、まず派遣で大手企業の事務職や経理職などバックオフィス系の経験を積んでから、その実務経験を武器に働きやすい中小企業の事務職に就けばいいじゃないですか〜。いまみたいに割と景気の良いときなら一昔前の派遣切りとかも多くはないですし。派遣にもいくつか種類があるんですけど、先輩みたいに正社員にこだわる人は、その中の紹介予定派遣という、ゆくゆくは正社員登用される種類の求人を選べば安心して働けますよ!」


とすごく分かりやすく説明してくれた


彼女は私の求めている事務職や経理職の担当ではないのでその手の企業情報など詳しいことはわからないそうだが、派遣に対する偏ったイメージが払拭された


とはいいつつも、その紹介予定派遣の求人はやはり倍率が非常に高い


いくつか出してみたもののやはりダメだった


転職って厳しい


その弍へつづく



結婚後、かつて自分をふった男に会ってみた

SNSで表示される名前を旧姓から新姓に変えてみたら、すぐに『結婚したんだ!おめでとう!』と連絡をしてきた男

主人とお付き合いすることになる少し前に、私のことをふった人

学生時代に告白してくれたが、思考が子どもっぽかった私(友達だと思ってた人から突然告白されると、途端に拒絶反応がでた)がふってしまって以降、数年間、微妙な距離を保ってきた

ノリや価値観が似ていて話をしているととても楽しく、頭がよくキレて自信家な人である

大学生の時もたまに飲んだり、複数人で出かけたりした
社会人になってからも時々電話をしていた

一流企業で志高くバリバリ働く彼はとてもかっこよく、頼り甲斐があるように思え、学生時代の彼とはまた違う一面を見たような気がしてだんだんと惹かれていった

会話の中には好きな異性のタイプや結婚観について話し合うことも度々あった
かつてお互いを意識し合ってた仲なのに、それには触れないことが暗黙のルールで、ドキドキしながら相手のことをより深く知っていった

しかしそこで好きになったのは私だけで、当時その人は私のような平凡な見た目で価値観が合うだけの男友達のような存在には、女性としての魅力を感じず、一際目を引く美女たちに惹かれていた

一度でも自分のことを好きだった人には、なぜか強気になれるのが人というものだと思うのだが、そのときの私はとてもプライドを傷つけられたように感じ、落ち込んだ

そうして振られてしまった私は、それ以降その人と連絡をとることをやめ、新たな恋を見つけ、結婚した

そうして話は冒頭にもどる

今日はかれこれ5年ぶりの再会

10年前の私には告白したのに
5年前の私には付き合えないとはっきり言った男に会う

なんとしてでもいま現在最高に幸せだとアピールせねばと思った

きちんと感とやや色気のある新しい服を買い、
自分の顔に映える新色の化粧品を買い、
美容院で髪を整えた

なんと見栄っ張りで強欲な女なのだ、と自分に若干冷めながらも、たのしかった

そして実際会うと、案の定その人は私の旦那さんのスペックをはかるように質問を投げかけてきた

きちんとした職に就き、
まっすぐで誠実な旦那さんのことを
前面にアピールした

嘘はつかなかった

すっきりした

と同時に
自分のプライドの高さとナルシスト具合にげんなりした

その人は仕事で高い評価を得ているようで、数年後海外赴任を控えている

相変わらず美女に囲まれる華やかな遊びをくり返し、派手な独身生活を送っている

日常のしあわせを誇張する女と
華々しいキャリアと充実した私生活を語る男

しょうもない小さな世界なのだが、
両者にとっては本気の戦いなのだった










【足るを知る】家族、兄とわたし

今日は父の日なので、両親に会いに行ってきた


家庭の事情で大学時代から結婚するまでの7年、父と2人暮らしをしていたわたしは、兄弟の中で1番父のことをよく知っている自信がある


昔から家族の中のムードメーカー(のつもり)だった、わたし


年の離れた兄と姉が思春期になって、晩御飯の食卓から早々に去り自室にこもってしまうのが寂しくて悲しくて


もっと前みたいに皆でテレビを囲んで、皆がその場から離れたくないと感じているのが手に取るようにわかって、なんとなく誰もお風呂に向かわなかったあの頃に戻りたくて


「家族団欒なんて興味ないよ。つまんないし」って兄姉が思わないように

父と母がピリピリとした空気を出さないように

いつも家族の機嫌を損ねないように気にしてたなぁ




兄の反抗期時代は、頻繁に家の中で兄と母との、兄と姉との口喧嘩が起きていた

後になって思うのだが、兄は繊細で、意外と完璧主義で、また人の心の深いところを見抜く力があると思う

当時の兄にとって何がイライラの元凶だったのかは今も不明だが、勉強に身が入らなくなり成績が振るわなくなった頃から特に毎日イラついていて、弱い立場の妹にあたっていた

きっと妹たちの出来が良かった分、親から比較されて面白くなかったのだと思う


それにしても兄は不思議だ

とことん堕落しきったかと思えば、最近はなにか憑き物が取れたようにすっきりした顔で働いている


そんな兄にわたしはよく似ていると思う


●だらしがなくて自分に甘いところが特に似ている

●悪い結果をもたらしたのは他でもない自分自身なのに、いつも何かしら人のせいにしている

●自分に自信はないのだが、なぜかそんな自分を過大評価している

●夢見がちで理想が高く、発想が幼稚

●好奇心旺盛ですぐ夢中になるが、すぐに飽きる

→物事が長く続かない

●理想が高いので、目標設定が自分の能力に見合っていない

→ゆえに目標達成できず、満足感を得られない 

→理想と現実のギャップが年々大きくなるばかりで、歳を重ねるごとに自己肯定感が低くなる

→過去の成功体験を想起しては「こんなはずじゃなかった」と、うまくいっていない現状と(対照ではないのに)比較する

→現在に集中できず、いまこの瞬間を楽しむことをしない、できない

→いま自分が幸せなのかどうかすらわからない

●自分が理想としていた姿は時とともに現実性を欠いて膨らみ続け、いまや実現不可能(元から)なのにも関わらず、その理想の姿に近づけない自分を責めている

→自分にとってどうなることが幸せなのかわからない

●(実現不可能な)夢を叶えれば幸せになれる、それを叶えられなければ不幸だと決めつけている

→これからも一生幸せだと心から感じられない


一生懸命もがいている

幸せになりたくてもがいている

自分なりに考え、ときには自身を奮い立たせて力を振り絞っている

理想の姿に向かっているつもりが、いつの間にか手足をバタバタと動かして溺れないようにもがいていた

現実の自分に飲み込まれてしまわないように


自分で自分を苦しめている



こんなんじゃだめだ

でかい理想や夢を追うことなんて、わたしにとっては自己否定の手段でしかない

発想が幼稚なわたしの理想は、何回人生やり直しても、101回生き返っても叶いっこない子どもの理想


その結果が今のわたし


じゃあわたしはこれからどうしたらいいのか

夢なんか捨てて

理想なんてビリビリに破いてしまえ


凝り固まった理想

歪んで偏った自己認識

少しずつほどいて、ゆるめてあげなきゃ


幸せな人生だったと思える晩年まで、幸せを感じられないなんていや


いまに集中しなきゃ、足元をよく見なきゃ


毎日まいにちベットに入って、喜びと自分への労いと感謝のきもちで眠りにつきたい


今日はベットで父へ感謝しながら眠ろう


父の日おめでとう



【足るを知る】いまの私

私は最近になってようやく、自分が自分のことをよくわかっていないということを自覚しました


仕事が続かなかったこと


これがとても大きい


私は何をするのが得意で、何に興味があって、どんなことなら長続きさせることができて、どんなことに自信を持っていて、なにを大切に思っているのか、


はっきり言ってわかりません

いい歳して恥ずかしい


徒然なるままに書き続けていれば何か見えてくるだろうか...


きらいなもの、苦手なことなら割とはっきりしている気がします



【先生は大変】赴任先について

学校の規模が大きいとそれだけ先生の数も多く赴任させられます

1学年7,8クラスのマンモス校(全校生徒800名前後)では、

大体先生は50人前後います

 

先生の男女比等は、学校の生徒の実態によります

やんちゃで素行の悪い生徒が多い学校には、タフで屈強な男性教師が多く

文教地区内にある比較的落ち着いた学校には、女性や年配の先生が多いです

しかし若手の教員は、早いうちから楽な思いをすべきでないという

教育委員会の方針から前者に赴任となることが多いです

あとは県や市負担の教職員の旅費交通費を少なく抑えられるよう

家から近い学校になることが多いです

 

基本的に初任者(正規採用から1年間)は公共交通機関を利用して通勤するよう指示されます

初任者は1年間、試用期間中の身なので、例え家から学校が近くても

通勤時に自転車事故を起こしてしまうと立場が危うくなるので、自転車通勤は禁止されます

ベテラン先生は自家用車で通っていることも多いですが、学校の敷地内に駐車していると

ご近所の方からクレーム電話がかかって来るので自費で学校近くの月極駐車場を

借りて毎日駐車している方が多いです

 

それにしても初任者教師の負担はとても大きい…

1年間初任者研修があり毎週のように半日研修があります

電話応対、クレーム応対、身だしなみ、コンプライアンス

教科指導勉強会(教科ごとに班が組まれ、班の代表者が行う研究授業について指導主事と共に討議する)

学級運営勉強会(他教科の初任者らと班が組まれ、班の代表者が行う学活や道徳の授業について指導主事と共に討議する)

などなど、1年を通して複数回指導案を作成し、指導主事の先生に添削してもらいます

研修後には毎回、レポートを作成し学校内に常駐する指導教員にコメントを頂きます

その他にも年に4回教科の巡回指導(教科のお偉いさんが授業を見に来て辛辣なお言葉をくださる)と2回の地域巡回指導(教育委員会のお偉いさんが授業を見に来て励ましてくださる)があります

さらに、だいたい毎日2コマ(45分×2)先輩教員の授業を見学させてもらい、

学んだことや自分に取り入れたい点をレポートにまとめます

毎日平均で4,5時間担当の教科授業が入っているので、先輩教員の授業見学のある初任者は1分として休み時間がないことになります

生徒が下校する18時までまったく椅子に座れず一日中立ちっぱなしもザラだということです

大きな声では言えませんが、お手洗いにいくタイミングがなかなかないので、

先生(特に女性)はよく膀胱炎になります

 

初任者は大体最初の赴任先には4~6年いることが決まりです

2校目以降は1年からでも異動できます

 

赴任先についてひとまず書き留めました

何か思い出したらまた書き足します

【先生は大変】

無職になってはや3ヶ月

朝、旦那さんを見送ってから二度寝する(怠けた)生活をさせてもらっている者です

 

3月31日までは中学校の教員として勤務していました

教員の仕事の特徴として、

日常的な 長時間労働・休日出勤・持ち帰り残業 があります

家庭との両立はむずかしく、退職を決意しました

というか、耐えられませんでした

 

毎晩毎晩、朝が来なければいいのにと思いながら床に就き

寝ても寝てもボーっとする頭をなんとかして覚ましながら

学校に向かっていました

 

先生は大変な仕事です

先生は本当につらい仕事です

先生は1年目からベテランと同じだけの大きな責任を背負わされ

40人弱の子どもたちの安全を全力で守る義務をもち

毎日体力をすべて消耗させ、神経をすり減らしながら戦っています

 

いま教壇に立ちながらもつらくて倒れてしまいそうな先生がいれば

おこがましいですが、力になりたいなぁ…なんて思っています

 

一番大切なのは自分のいのち

疲れちゃったら一休みしてもいいんですよ。